米国で雇用が失速、それでも長期金利は高い

米国経済

長年、Global Macro Research Instituteを読んできた。著名投資家のインタビューやブログを紹介するだけでなく、雇用統計、CPI、GDP、金利、為替といった一次データを実際にグラフで確認し、その発言が現実の経済と整合しているかを考える。その姿勢から多くを学んだ。本サイトは同サイトとは無関係の独立したブログだが、その問題意識に敬意を払い、データと投資家の言葉から世界経済を考える試みを続けたい。

初稿で取り上げたいのは、2026年8月のアメリカで起きている一見矛盾した現象である。雇用は急速に弱くなり、GDPも減速し、コアインフレも鈍化している。それでも米長期金利は高い。普通の景気減速なら債券が買われ、長期金利は下がりやすい。なぜそうなっていないのか。

5月と6月は「10.3万人減った」のではない

まず7月雇用統計を正確に整理したい。米労働省によると、7月の非農業部門雇用者数は前月比2万3000人減だった。さらに5月は前回公表の12万9000人増から6万3000人増へ、6月は5万7000人増から2万人増へ下方修正された。つまり5月と6月の下方修正幅の合計が10万3000人である。

これは「5月と6月の雇用が10万3000人減った」という意味ではない。改定後の実際の増減を足すと、5月+6.3万人、6月+2.0万人、7月−2.3万人で、3か月合計は+6万人。月平均では+2万人にすぎない。

図1 5月と6月は計10.3万人下方修正。出所:U.S. Bureau of Labor Statistics

失業率4.1%だけを見ると労働市場を見誤る

7月の失業率は4.1%で、6月の4.2%から低下した。しかし同時に労働参加率は61.4%まで下がり、1月から0.7ポイント低下した。就業率も1月から0.5ポイント低下して58.9%となっている。

図2 1月から7月にかけて労働参加率と就業率はともに低下。出所:BLS

失業率は「職を探している人」の中で失業者がどれだけいるかを示す。労働市場から退出すれば、失業者として数えられなくなる。したがって今の4.1%は、雇用市場の強さをそのまま意味しているわけではない。平均時給も前年比3.2%増と、2021年以来の低い伸びになっている。

インフレは鈍化――ただしエネルギーの影響が大きい

8月12日に発表された7月CPIは前月比0.1%、前年比3.4%。食品とエネルギーを除くコアCPIは前月比0.2%、前年比2.5%だった。6月の総合3.5%、コア2.6%からいずれも鈍化している。

図3 総合CPI・コアCPI・エネルギーの前月比。出所:BLS

今年の数字を並べると、春のインフレ急加速がエネルギーに強く依存していたことが分かる。3月の総合CPIは前月比0.9%上昇したが、コアは0.2%。一方でエネルギーは10.9%、ガソリンは21.2%上昇した。7月にはエネルギーが前月比1.5%下落している。

ただし安心はできない。エネルギーは前年比ではなお14.7%高、ガソリンは24.6%高である。中東情勢次第では再び総合CPIを押し上げる余地がある。

GDPも減速している

米商務省によれば、2026年第2四半期の実質GDPは前期比年率1.5%増。第1四半期の2.1%から減速した。景気後退ではないが、雇用の3か月平均が2万人まで低下していることと合わせれば、アメリカ経済の勢いが弱まっていることは否定しにくい。

図4 米実質GDP成長率。出所:U.S. Bureau of Economic Analysis

普通なら、ここで長期金利は下がる

雇用が弱くなり、GDPが減速し、コアインフレまで鈍化する。通常の景気循環なら、将来の政策金利低下を見込んで国債が買われ、長期金利は低下しやすい。

実際、7月雇用統計の発表直後には米2年債利回りは4.16%、10年債利回りは4.61%まで低下した。しかし8月11日には10年債利回りはおよそ4.73%へ戻り、12日のCPI発表後でも4.65%前後にとどまっている。

図5 米10年債利回りのイベント時点。出所:U.S. Treasury / Reuters

景気が弱いのに、長期債が強く買われない。ここが創刊号で最も注目したい点である。

ダリオ氏:「point of no return」

Bridgewater創業者レイ・ダリオ氏は6月3日のForbes Iconoclast Summitで、米国の債務負担は「point of no return」を越えたとの見方を示した。政府債務、債券市場、ドル安、金需要を一つの問題として捉えている。

政府が税収以上の支出を続ければ国債発行が増える。国債を買いたい投資家の需要が供給に追いつかなければ、より高い利回りを提示しなければならない。そこで中央銀行が国債を買って金利を抑え込めば、今度は貨幣供給の増加を通じて通貨価値の問題になる。

債務問題 → 国債市場の問題 → 通貨価値の問題という連鎖である。

ガンドラック氏も「長期金利は簡単には下がらない」

DoubleLineのジェフリー・ガンドラック氏も6月9日の「Gundlach Unlocked」で、金融緩和期待があっても長期金利は高止まりし得ると指摘し、インフレは市場が考えるより粘着的で、Fedは利下げより利上げに向かう可能性が高いとの見方を示した。

ガンドラック氏は3月のインタビューではさらに踏み込み、長期金利の長期低下トレンドは終わり、景気後退になっても米長期金利が上昇し得ると主張している。

ただし、まだ「米国債危機」と呼ぶ段階ではない

10年債4%台後半、30年債5%台というだけで米国債危機が始まったとは言えない。Fedも7月29日のFOMCで政策金利を3.50〜3.75%に据え置き、3人の委員はむしろ0.25ポイントの利上げを主張した。現時点でFedが国債市場を救うために金融緩和しているわけではない。

むしろ今後見るべきなのは、雇用がさらに悪くなった時に長期金利がどう動くかである。

今後の分岐は3つ

第一はソフトランディング。 雇用は緩やかに減速し、エネルギー価格も落ち着き、インフレが2%へ向かう。この場合はFedが利上げを止め、長期金利も徐々に低下する。

第二はスタグフレーション。 雇用と成長は弱いのに、原油高などでインフレが3%台に残る。Fedは緩和できず、株式には厳しい。金やBitcoinなどが相対的に注目される。

第三が財政・国債シナリオ。 景気が悪くなって短期金利が低下しても、国債供給や財政リスクを理由に長期金利だけが高止まりする。そこで中央銀行が長期金利を抑え込もうとすれば、債務問題が通貨問題へ移る。

The Macro Deskがこれから見る数字

初稿時点で最優先で追いたいのは、S&P 500でもBitcoinでもない。

米国の10年・30年国債利回りである。

次に米雇用統計、CPI・PCE、原油、ドル円を見る。そしてダリオ、ガンドラック、ポール・チューダー・ジョーンズ、ドーン・フィッツパトリック、ラリー・サマーズ、エゴン・フォン・グライアーツらの発言が、その時点のデータと本当に整合しているかを検証する。

重要なのは著名投資家を信奉することではない。

以前に何を言ったか。実際にはどうなったか。最新データは現在の主張を支持しているか。

それを一つずつ確認していく。

結論

2026年8月のアメリカ経済を一言で表すなら、「景気は弱くなっているが、長期金利は十分には弱くなっていない」である。

5〜7月の雇用増加は合計わずか6万人。コアCPIは前年比2.5%まで鈍化し、GDP成長率も1.5%へ減速した。それでも10年債利回りは4%台後半にある。

雇用がさらに悪化し、インフレも鈍化し、それに合わせて長期金利も下がるなら、これは普通の景気循環である。

しかし雇用が悪化しても長期金利が下がらないなら、見るべきものはFedの次の一手だけではなくなる。

米国政府の債務、国債の需給、そしてドルそのものが次のテーマになる。

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