「G7で物価上昇率が最低」は事実
まず政府に有利な数字から確認しよう。
高市政権の関係者と話していると、時折こんな不満を聞く。
「日本はG7で最も物価上昇率が低く、最も高い賃上げを実現している。それなのにメディアは良い数字を報じず、政権にケチばかりつける」
数字そのものを無理に否定する必要はない。
日本の物価上昇率がG7で低い水準にあることも、春闘で5%台の賃上げが続いていることも、確かに良いニュースである。
だが問題は、その数字で何を説明しようとしているかである。
日本人の生活水準を考える上で、「海外より物価が上がっていない」「春闘で5%賃上げした」という二つの順位だけを並べても、十分ではない。
普通の日本人は東京とニューヨークとパリを3拠点生活しているわけではない。
重要なのは、去年の自分より、今年の自分の給料でどれだけ多くの商品やサービスを買えるようになったのかである。
つまり実質的な購買力である。
2026年5月の日本の消費者物価上昇率は前年比1.5%。6月も1.7%にとどまった。

物価上昇が欧米より小さいこと自体は、家計にとって明らかに良い。
ただし、ここには注意点がある。
OECDは、日本の低いインフレ率について、燃料や公共料金への政府補助がエネルギー価格を抑えていることも一因だと説明している。
これは別に「インチキ」という意味ではない。
補助金でガソリン代や電気料金が安くなれば、それは家計にとって本物の利益である。
ただ、「日本経済そのものが欧米より圧倒的に強いから物価が低い」という話とは違う。
「5%賃上げ」も嘘ではない
2026年春闘の最終集計では、月例賃金の賃上げ率は5.01%となった。
長年ほとんど給料が上がらなかった日本で、5%前後の賃上げが続いていることは軽視すべきではない。
しかし、春闘の「賃上げ率」と、実際に日本の労働者全体が受け取る給料の伸び率は同じではない。
6月の毎月勤労統計では、現金給与総額は前年比3.4%増だった。
そして物価を差し引いた実質賃金は1.6%増である。

だから5.01%という数字を見て、「日本人の給料が5%増えている」と受け取れば間違う。
春闘は主として労働組合のある企業の妥結結果であり、パート、中小企業、非組合員などを含む日本全体の給与そのものではないからである。
実質賃金は改善した。それでも話は終わらない
ここで注意したい。
現在の実質賃金は前年比でプラスである。
したがって「高市政権になっても実質賃金は下がり続けている」と批判すれば、それも事実に反する。
日本の家計の購買力は、確かに改善し始めている。
しかし、ここで前年比だけを見ると重要なことを見落とす。
去年ではなく、物価高が始まる前と比べる
前年比には弱点がある。
去年が悪ければ、今年少し戻っただけでも高い伸び率になる。
そこで、物価高が本格化する前の2021年と比較してみる。
OECDによれば、2026年1〜3月期の日本の実質賃金は、2021年1〜3月期の水準をなお0.1%下回っている。
同じ期間のOECD中央値は1.2%上回っている。

これが重要である。
日本人の購買力は、ようやく前年比で増え始めた。
しかし数年間の物価高で失った購買力を、まだ完全には取り戻していない。
政府が「今年はG7で最も高い賃上げだ」と言っても、家計側が「生活が楽になった実感がない」と答えるのは、何も不思議ではない。
5%上がっても、その前に物価が10%上がっていれば意味は違う
極端に単純化してみよう。
給料が100から105になった。
政府は「給料が5%増えました」と言う。
しかし、その間に生活費が100から110になっていれば、その人は豊かになっていない。
逆に、海外で物価が5%上がり、日本では2%しか上がらなかったとしても、日本人が海外の物価で生活しているわけではない。
大切なのは、日本の賃金 ÷ 日本の物価である。
そして数年間の暮らしを考えるなら、その実質賃金の水準が以前より高くなったかを見る必要がある。
「G7で一番」という順位が生活実感とずれる理由
政府の説明には少し奇妙なところがある。
物価では海外との比較を使う。
賃金でも海外との比較を使う。
そして両方で順位が良いことを強調する。
しかし国民が知りたいのは国際順位ではない。
毎月20万円で暮らしていた人が、同じ生活をするのに22万円必要になった。
その人の給料が20万円から20万6000円にしか増えていないなら、その人にとって「フランスよりインフレ率が低い」ことはほとんど慰めにならない。
日本に住み、日本円で給料を受け取り、日本のスーパーで食料品を買い、日本の電気料金を払うからである。
もちろん国際比較は政策評価には重要である。
だが、国際比較で勝っていることと、国民の生活水準が改善していることは別問題である。
政府自身も実質賃金を使っている
実は高市政権自身も、この点は理解している。
政府は物価上昇率だけでなく、実質賃金がプラスになったことも成果として強調している。
指標の選択としては正しい。
問題は、そこで前年比だけを切り取ることである。
正確な説明は、
「日本はようやく実質賃金がプラスに転じた。しかし過去数年の物価高で失った購買力を完全には取り戻していない」
である。
これなら政府の成果も認めながら、家計の実感も説明できる。
そしてもう一つ、円安がある
実質賃金だけでも十分ではない。
日本はエネルギーや食料を大量に輸入する。
円安になれば輸入品の円建て価格が上がり、時間差で家計に波及する。
いま補助金によってガソリンや電気料金が抑えられていても、円安そのものが消えたわけではない。
補助金を外した時にどうなるのか。
企業が高い輸入コストを商品価格へ転嫁した時にどうなるのか。
そこまで見なければ、「G7で物価最低」という現在の一点だけで成功を宣言するのは早い。
結論
高市政権の言う、
「G7で物価上昇率が最も低く、賃上げ率が最も高い」
という数字を無理に否定する必要はない。
物価を抑えたことも、5%台の春闘賃上げが続いていることも、日本経済にとって良い変化である。
しかし、その2つを並べて、
「だから日本人の暮らしは良くなった。それを報じないメディアがおかしい」
まで言えば、話は違ってくる。
春闘の5.01%は、日本人全員の給料が5.01%増えたという意味ではない。
実際の6月の名目賃金は3.4%増、実質賃金は1.6%増である。
そして日本の実質賃金は、2026年初めの時点でも2021年初めの水準を完全には取り戻していない。
日本人はG7各国を転々としながら生活しているわけではない。
重要なのは、日本で働いて得た給料で、日本で暮らすための商品やサービスを、以前より多く買えるようになったかどうかである。
順位ではない。
購買力である。
そして、その意味では、日本経済は確かに改善している。
ただし、
「取り戻し始めた」と「豊かになった」は同じではない。
政府が本当に成果を誇るなら、G7の順位より先に、日本人の実質的な購買力を物価高が始まる前より明確に高くすること。
まずそこまでやってからでいい。

