2023年1月、Global Macro Research Instituteは、日本銀行の金融緩和についてかなり痛烈な記事を書いている。
当時の日本では、アメリカなどがインフレを抑えるために大幅な利上げを進める一方、日本銀行はイールドカーブ・コントロール(YCC)によって長期金利を低く抑えていた。
同サイトの筆者は、その政策が2022年の円安をもたらし、その円安が輸入物価の上昇を通じて日本のインフレを押し上げたと論じた。インフレを目標として金融緩和を続けた結果、本当にインフレになって国民が物価高に苦しんでいる、という皮肉を込めた論調だった。
3年以上が経った現在、日本ではよく似た議論が再び起きている。高市政権である。
高市首相は7月15日の党首討論で、いわゆる「骨太ショック」について、まだ閣議決定もしていない政府文書の原案がショックの原因だとは思っていない、との趣旨を述べた。
さらに為替や金利については、さまざまな要因によって決まるものだと説明した。
これは半分は正しい。
だが、残り半分が重要である。
市場価格が複数の要因で決まることと、政府の政策がその要因の一つではないことは、まったく同じ意味ではない。
「高市政権になったから円安」は単純すぎる
まず政府側を公平に見よう。
現在の円安には、高市政権ではどうしようもない要因が確かに存在する。アメリカの金利、中東情勢による原油価格、世界的なドル需要などは、日本政府だけで決められるものではない。
つまり、現在の円安のすべてを高市政権の責任だとするのは雑である。ここまでは政府側の言い分に理がある。
しかし問題はその先である。
高市氏の登場そのものに市場は反応した
為替市場は政治家の名前で動くことがある。
高市氏が自民党総裁に選出された直後、円は急落した。市場では、高市氏の積極財政姿勢と、日銀の金融引き締めを難しくするのではないかという見方が意識された。
そして首相就任時にも、円は再び売られた。

もちろん、その後の円安すべてを高市政権だけで説明することはできない。
だが少なくとも、市場が高市氏の政策姿勢を円相場と無関係だと考えてきたとは言えない。
そして「骨太ショック」が起きた
6月末、政府は骨太方針の原案を示した。
そこでは「強い経済」の実現には適切な金融政策運営が重要だとの考えが盛り込まれ、政府と日本銀行の連携が強調された。
高市政権は同時に、危機管理投資や成長投資を大胆に進める「責任ある積極財政」を掲げている。
市場はこれを、政府が日銀の利上げをけん制するのではないかと受け止めた。円が売られ、日本国債も売られた。

原因ではないのなら、なぜ文章を直したのか
その後、政府は骨太方針に日銀の独立性を尊重する趣旨を追加する方向で修正した。
金融市場で原案が日銀の利上げけん制と受け止められ、円安・金利上昇が進んだことを受け、政府が金融政策に介入する意図はないと明確にする狙いだった。
これは興味深い。
原案が市場のショックの原因ではないのであれば、市場を安心させるために原案を修正する必要も本来はないはずである。
もちろん政府は「市場が誤解したので、誤解を解くために直しただけだ」と言うだろう。それ自体は論理的に可能である。
しかし金融市場では、市場の「誤解」も価格を動かす政策効果の一部である。
政府が「そういうつもりではなかった」と言っても、投資家がその文章から「日銀の利上げが遅れる」と判断して円や国債を売れば、それが金融市場で起きた現実である。
市場は「閣議決定してから」動くわけではない
市場とは、まさに将来を先取りして価格を付ける場所である。
閣議決定されてから売るのでは遅い。日銀が実際に利上げを止めてから円を売るのでも遅い。財政赤字が実際に増えてから国債を売るのでも遅い。
政府文書の原案から「この政権はどういう政策をやろうとしているのか」を読み、それが将来のインフレ、金利、国債発行、日銀政策にどう影響するかを予想して、閣議決定される前に売買する。
それが市場である。
だから「原案だから市場には関係ない」という考え方こそ、むしろ金融市場の仕組みとは逆なのである。
長期国債まで売られていることの意味
骨太ショックを単なる「日銀の利上げ観測後退」だけで説明することにも無理がある。
20年、30年といった長い年限の国債まで売られているからである。

これは市場が、現在の日銀政策金利だけではなく、将来のインフレ、財政拡張、国債供給、そして日銀が十分に利上げできないリスクまで見ていることを示唆する。
市場が問題にしているのは、「10年後、20年後に日本円で返してもらう債券を、本当に今の利回りで持っていてよいのか」という点である。
2023年の記事と現在はつながっている
2023年のGlobal Macro Research Instituteの記事が突いた本質は単純だった。
日本だけが金利を不自然に低く抑えれば、円を保有する魅力が低下する。円が下落すれば輸入価格が上昇する。輸入物価が上昇すれば国内インフレにつながる。そしてインフレが上昇すれば、いつまでも金利を低く抑えておくことはできなくなる。
2026年の問題は、それに財政政策まで加わっていることだ。
高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、危機管理投資と成長投資を大胆に増やすとしている。
それ自体が悪いわけではない。政府が生産性を上げる投資を行い、それによって実質成長率が上がれば、債務対GDP比は改善する可能性がある。
問題は、市場がそれを信じるかである。
「GDPが増えれば債務比率は下がる」の落とし穴
高市政権は、単年度のプライマリーバランスよりも政府債務残高の対GDP比を重視している。
名目GDPを速く成長させ、債務の増加率をそれ以下に抑えれば、債務比率は下がる。数学的には正しい。
しかし、名目GDPはインフレでも増える。そしてインフレになれば、国債投資家はより高い利回りを要求する。その結果、政府の利払い費は増える。
だから、「インフレで名目GDPを膨らませる → 債務比率が下がる → 財政は健全だ」とは単純にはならない。
債券市場は分母のGDPだけではなく、自分が保有する円の購買力も見ているからである。
円安は政権のせいなのか
ここまでを整理すると答えはかなり明確になる。
円安のすべてが高市政権のせいではない。
米国金利、中東情勢、原油、世界的な資金フローなど、政府がコントロールできない要因は大きい。
だから「現在のドル円水準は全部高市首相のせいだ」という議論なら、それは間違っている。
しかし同時に、「現在の円安は高市政権とは関係ない」と言うことも難しい。
高市氏の総裁選勝利、首相就任、骨太方針原案の公表といった政治イベントに市場は実際に反応してきた。
さらに政府自身が、市場の懸念を打ち消すために原案を修正している。
結論
為替は複数の要因で動く。金利も複数の要因で動く。だから政府が唯一の原因ではない。
しかし、「原因は複数ある」ことを、「政府の政策は原因ではない」という意味にすり替えてはいけない。
市場は既に何度も高市政権の政策に反応している。そして現在、円だけではなく、日本国債の長い年限まで売られている。
政府が本当に「責任ある積極財政」を市場に信じてもらいたいのであれば、「骨太ショックは骨太のせいではない」と説明することではなく、成長投資がどれだけ実質成長率を押し上げるのか、追加歳出を何で賄うのか、インフレが再加速した時に日銀の利上げを容認するのか、国債発行額をどこまで抑えるのかを数字で示すしかない。
為替市場も債券市場も、政府の説明を聞いているのではない。
政府の政策に値段を付けているのである。
